このページの要点
- 約束の範囲を定める条項(決めるのは受講者)と、約束した範囲で生じた責任を消す条項は別。後者は消費者契約法8条の限界があり、故意・重過失の除外を明記する。
- 扱わない事項は、話題ではなく判断・代行・個別の助言を具体的に列挙する。「専門的事項は一切扱わない」は契約の目的を空洞にする。
- キャリアの支援は、求人のあっせん(職業紹介)と混ぜない。自己分析・応募書類の添削・模擬面接を範囲とし、推薦や取次ぎは範囲に含めない。
- 契約の前に条件を書面で渡し、考える時間を置く。家族など第三者の情報は、記録の目的に必要な範囲に絞る。
結論:決めるのは受講者。そのうえで、責任の線と扱わない事項を契約書に書く
退職、転職、離婚、独立、投資、移住、進学、介護。人生の大きな決断に関わるセッションでは、結果が思わしくなかったときに、受講者から「あのセッションで言われたから決めた」と言われる不安がつきまといます。この不安への備えとして、契約書に「最終的な決定は受講者自身が行う」「結果について責任を負わない」と一文を足して済ませる例は少なくありません。しかし、この一文だけでは、備えとして足りません。責任を消す条項には効力の限界があり、広すぎる免責は契約の目的を空洞にし、そもそも勧誘の段階で強い言い方をしていれば、契約書の外の説明が問題になるからです。
このページでは、次の4点に分けて整理します。
- 意思決定の結果への責任を排除する条項は、どこまで効くのか。全部の免責や、故意・重大な過失まで含む免責は、消費者との契約では効力が認められません。
- セッションで扱わない事項(提供者が契約上は行わないと決める領域)を、どのように列挙するのか。広すぎる列挙は、助言を求められて契約した受講者の期待と食い違います。
- キャリアの支援を、求人のあっせん(職業紹介)と混ぜない書き方。
- 決断を急がせない運用と、家族などの第三者が絡むときの記録の残し方。
準委任としての履行の中身は結果を約束しない契約で約束すること、広告や面談での説明の強さは「効果」の言い方と成果非保証の食い違いのページで扱います。ここでは、決断の結果が受講者の人生に長く残るという、この種のセッションに特有の論点に絞ります。なお、本ページの「受講者」は、事業としてではなく個人として受ける人(消費者)を想定しています。
決断を支えるセッションで、約束すること/約束しないこと(一般的な例)
約束すること
- 受講者が考えを整理するための質問と進行
- 選択肢と判断の基準を洗い出し、言葉にする作業
- 決める前に確認しておくべき事項の一覧づくり(確認そのものは受講者が行う)
- 決めた後の行動計画と、実行後の振り返り
- 提供者が意見を述べるときは、意見であると分かる形で伝えること
約束しないこと
- 決断の結果(収入、関係、気持ちの変化など)の保証
- 決定の指示や代行
- 法律関係、税務、医療、個別の金融商品についての判断
- 求人のあっせんや、企業への推薦
- 受講者に代わって第三者と交渉すること
左の列を具体的に書くほど、右の列を書いたときの説得力が増します。右の列だけを並べた契約書は、何をしてくれるのか分からない契約書になります。
「決めるのは受講者」条項は、どこまで効くのか
まず、提供者が負っている義務を確認します。コーチングやカウンセリングは、結果の完成を約束する契約(請負、民法632条)ではなく、事務の処理を委ねる契約(準委任、民法643条・656条)として組み立てるのが一般的です。準委任の受任者は、委任の本旨に従い、善良な管理者の注意をもって事務を処理する義務を負います(民法644条)。結果が出なかったことそのものは債務不履行ではありませんが、セッションの進め方、情報の伝え方、記録や守秘の扱いで必要な注意を欠けば、債務の本旨に従った履行をしなかったものとして、損害賠償の問題が生じます(民法415条1項)。「結果が出なかった」ことと「必要な注意を欠いた」ことは別の話です。この二つを混ぜて「いかなる責任も負わない」と書くと、書いてはならない範囲まで消そうとする条項になります。
消費者契約法は、事業者の責任を消す条項について、次のように定めています(8条)。
責任を消す条項の型と、消費者との契約での扱い(一般的な整理)
| 条項の型 | 書き方の例 | 扱いの見込み |
|---|---|---|
| 全部の免責 | 「提供者は、本サービスに関して生じた一切の損害について責任を負わない」 | 債務不履行による損害賠償責任の全部を免除する条項は、無効(8条1項1号)。不法行為による責任の全部の免除も同様(同項3号) |
| 故意・重過失を含む一部免責 | 「責任の上限は、受講者が支払った料金の総額とする」(例外の記載なし) | 故意または重大な過失による場合の一部免除は無効(8条1項2号・4号)。例外を書かない上限条項は、この点で問題になる |
| 軽過失に限った上限 | 「提供者の故意または重大な過失による場合を除き、責任は支払った料金の総額を上限とする」 | 一部免責のうち、故意・重過失を除く旨が明らかな形。8条3項の求める形に沿う。なお、一方的に不利でないかの評価(10条)は別に残る |
| 履行内容の定め | 「本サービスは結果を保証せず、決定は受講者が行う」 | 責任を消す条項ではなく、約束の範囲を定める条項。置いてよいが、広告や面談の説明と食い違えば意味が薄れる |
表の3段目と4段目の違いが、このページの核心です。「約束の範囲を定める」ことと「約束した範囲で生じた責任を消す」ことは別で、前者は自由に書けますが、後者には限界があります。「法令の許す範囲で責任を負わない」と添える書き方も見かけますが、それだけでは、条項が故意・重過失を除いた過失にのみ適用されることが明らかになったとは言いにくく、8条3項の問題が残ります。除外は具体的に書くのが基本です。
損害の範囲についても触れておきます。債務不履行による損害賠償は、通常生ずべき損害が対象で、特別の事情によって生じた損害は、当事者がその事情を予見すべきであったときに限って請求できます(民法416条)。決断の結果として生じる収入の減少などは、特別の事情による損害として争われやすい類型です。ただし、そこに頼って条項を省くのではなく、責任の範囲は契約で明確にしておくほうが、双方にとって見通しが立ちます。
もう一つ、責任排除条項では防げない問題があります。契約の勧誘の際に、将来の金額など変動が不確実な事項について断定的に告げたり(消費者契約法4条1項2号)、進学、就職、結婚、生計といった重要な事項への願望について、社会生活上の経験が乏しいことを知りながら不安をあおったり(同条3項5号)すると、免責条項があっても、契約の申込みの意思表示を取り消されることがあります。契約書の免責は、勧誘の際の言い方を消してくれません。この点は広告・面談の説明のページで詳しく扱っています。
書き方の例(一般的な例) 責任排除条項の書き方
責任を消す範囲
理由全部の免責は8条1項1号で無効になる。責任の起点を「義務に違反した場合」に置き、故意・重過失を明示して外すと、条項の趣旨が明確になる
意見と指示の区別
理由助言に従った結果の責任を一律に受講者へ移す書き方は、免除条項として評価される。意見を材料と位置づけ、伝える側の注意は残す書き方のほうが、有効性の面でも運用の面でも堅い
上限の置き方
理由例外のない上限は、故意・重過失の場合の一部免除として無効の対象になり得る。例外を明記して軽い過失にのみ適用される形にする
「扱わない事項」を列挙する条文の書き方
決断に関わる相談は、コーチングの範囲を越えやすい領域に隣接しています。転職の相談の中で労働条件の交渉が話題になり、独立の相談の中で資金調達の方法を聞かれ、離婚の相談の中で条件の取り決めを聞かれ、将来の備えの相談の中で運用の商品を聞かれる。提供者がそのたびに応じていれば、いつの間にか契約の想定を超えた助言をしていることになります。そこで、契約書に扱わない事項を置きます。
列挙の目的は、免責ではなく、何を契約の対象としないかを先に決めておくことにあります。書き方には、次の4つの要点があります。
- 具体的に挙げる。「専門的な事項は扱わない」では、どこからが専門なのか分かりません。法律関係の判断、税務の判断、医療行為や診断、個別の金融商品や不動産の売買の推奨、といった形で、領域を名指しします。
- 対象外にするのは「判断・代行・あっせん」であって、「話題」ではない。転職の話の中で労働条件が出ることは自然です。扱わないのは、その条件についての判断や、相手方との交渉の代行です。話題まで禁止すると、キャリアの相談という契約の目的そのものが成り立ちません。
- 一般的な情報の提供と、個別の判断を分ける。制度の存在や一般的な考え方を紹介することと、受講者個人の事情に当てはめて結論を出すことは、別の行為です。前者は行い、後者は行わない、と書き分けます。
- 契約と運用を一致させる。条文で扱わないと書きながら、面談で個別の結論を断言していれば、条項は崩れます。扱わない事項に話が及んだ場合の対応(扱わない旨を伝え、受講者自身が必要な確認を行うよう促し、その旨を記録する)を、あらかじめ決めておきます。
書き方の例(一般的な例) 扱わない事項の書き方
列挙の仕方
理由「一切の助言ができない」は、キャリアや生き方の相談という契約の目的そのものを否定する。名指しした領域に限り、判断・代行・個別の助言を除くと、話題を禁じずに線が引ける
対象外の事項が出たとき
理由定めがないと、現場では「少しだけなら」と踏み込みがちになる。手順を書いておくと、現場の対応が揃い、後から経過を示すこともできる
なお、扱わない事項に医療行為や診断を含めるときは、「提供者が行わない」ことを書くにとどめ、受講者の心身の状態についての判断を提供者が行わないことが分かるようにします。危機的な状況(深刻な落ち込みや、自分を傷つけるおそれの訴え)が表れた場合の対応は、セッションの前提として別に決めておくべき事項で、契約書の免責に入れるものではありません。
キャリアの支援と、求人のあっせん(職業紹介)の線
キャリアの相談を受ける提供者は、「どこか良い求人はありませんか」と尋ねられることがあります。ここで線を越えると、コーチングの契約ではなく、職業紹介に近づきます。
職業安定法は、「職業紹介」を、求人及び求職の申込みを受け、求人者と求職者との間における雇用関係の成立をあっせんすることと定義しています(4条1項)。また、手数料や報酬を受けないで行う職業紹介を「無料の職業紹介」、それ以外を「有料の職業紹介」としていて、報酬を受けるかどうかは、いかなる名義でも、という形で判断されます(4条2項・3項)。有料の職業紹介事業を行おうとする者は、厚生労働大臣の許可を受けなければなりません(30条1項)。コーチングの契約書の側では、この領域を契約の範囲に含めない設計にしておくのが堅実です。許可の手続そのものは、ここでは扱いません。
他方、職業安定法は「職業指導」という別の概念も置いています。職業に就こうとする者に対し、実習、講習、指示、助言、情報の提供その他の方法により、その者の能力に適合する職業の選択を容易にさせ、その職業に対する適応性を増大させるために行う指導のことです(4条4項)。自己分析、職務経歴の整理、応募書類の添削、模擬面接、業界や職種の研究方法の助言は、受講者が自分で職業を選ぶことを助ける支援で、求人者と求職者の間の雇用関係の成立をあっせんするものではありません。契約書では、この違いが読み取れるように、支援の内容を具体的に書きます。
キャリアの支援で、契約の範囲に含めること/含めないこと(一般的な例)
契約の範囲に含める
- 自己分析と、価値観や強みの整理
- 職務経歴の棚卸しと、応募書類の添削
- 模擬面接と、フィードバック
- 業界・職種の調べ方、情報収集の方法の助言
- 受講者が自分で行う応募活動の進め方の整理
契約の範囲に含めない
- 求人の受付や、求人者への求職者の推薦
- 求人者と求職者の間の連絡の取次ぎ、面接日程の調整
- 雇用条件の調整の代行
- 内定や入社を条件とする追加の報酬の受領
- 特定の求人への応募を前提とした仲介
右の列の事項は、あっせんに当たるかどうかが、実際の関与の仕方で判断される領域です。契約書には含めないと書き、運用でも行わない、という二重の線を引きます。
実務では、「知り合いの企業を紹介します」という好意の申し出が、いつの間にかあっせんになっていることがあります。報酬をコーチング料の名目で受けていても、雇用関係の成立をあっせんする行為と結びつけば、名目の違いで判断が変わるわけではありません。契約書に次のような確認の条項を置き、運用でも踏み越えないようにします。
書き方の例第○条(キャリアの支援の範囲)
- 本サービスにおけるキャリアの支援は、受講者が自ら職業を選択し、活動を進めることを助けるものであり、自己分析、職務経歴の整理、応募書類の添削、模擬面接および情報収集の方法の助言を内容とする。
- 提供者は、求人および求職の申込みを受けて雇用関係の成立をあっせんすることを行わない。提供者は、求人者への受講者の推薦、求人者と受講者の間の連絡の取次ぎ、採用条件の調整その他前項に含まれない行為を行わない。
- 提供者は、受講者の内定または入社を条件として、受講者から本契約の対価以外の金銭を受け取らない。
第2項は、職業安定法4条1項の定義に合わせた書き方です。第3項は、報酬がいかなる名義であっても、あっせんとの結びつきで評価されることを踏まえて置く確認の条項で、運用の実態と合わないときは置かないでください。
決断を急がせない運用:契約の前に何を見せるか
決断に関わるセッションでは、悩みが深いほど、「早く決めたい」「今日申し込む」という気持ちが強くなっています。受講者がそうした状態のときに契約を結ばせると、あとで「冷静に考える時間がなかった」と言われる原因になります。面談当日の申込みそのものが問題になるわけではありませんが、契約の前に、条件を書面で見せ、考える時間を渡し、質問に答えるという流れを、運用として決めておくことが重要です。
契約前の運用の流れ(一般的な例)
- 初回の面談で、できること・できないことを説明する扱わない事項、結果を保証しないこと、期間と回数、料金、更新と解約の条件を、契約書案を見せながら口頭で説明する
- 条件を書面で渡す面談の場で署名させず、契約書案と料金、解約の条件を電子メールなどで送り、持ち帰って読める状態にする
- 考える時間を置く申込みの期限を、受講者が納得するまで質問できる長さに設定する。今日限りの条件で急がせる言い方を避ける
- 質問に答え、答えた内容を記録する受講者の質問と回答を、後から確認できる形(メッセージ、議事の記録)で残す
- 申込みの意思を、受講者の側から確認する申込みの手続は受講者が自分で行う形にし、申込み後に契約書の控えを渡す
この流れは、特定の商法に当たるかどうかの判断とは別に、決断型の契約で一般に有効な運用です。
この運用は、法律上の義務というより、取消しの主張や苦情を未然に防ぐための備えです。参考になる条文はいくつかあります。たとえば、消費者が退去の意思を示したのに事業者が退去しない、あるいは退去させない、消費者が契約について相談するための連絡を威迫する言動を交えて妨げる、といった行為で消費者を困惑させて契約を結ばせたときは、消費者は契約の意思表示を取り消せます(消費者契約法4条3項1号・2号・4号)。また、消費者が申込みの意思表示をする前に、契約を締結したならば負うこととなる義務の内容を実施して原状の回復を著しく困難にしたとき(同項9号)や、事業者が申込み前に行った事業活動について、消費者の特別の求めに応じたものでないのに、「あなたのために特別に実施したので損失を補償してほしい」と告げたとき(同項10号)も、同様に取消しの原因になります。契約の前に提供者が気持ちを込めて動くことは自然ですが、その動きを契約の締結に結びつける言い方は、慎重に扱います。
さらに、受講者にとって通常の分量、回数または期間を著しく超えるものであることを事業者が知りながら勧誘して契約させた場合にも、取消しの対象になります(同条4項)。心配の深い人に、必要以上に長い期間や多い回数を勧めることは、決断型のセッションで特に注意すべき点です。回数と期間の決め方は回数と契約期間のページで扱います。
家族や第三者が絡む決断:記録に何を残すか
人生の決断には、配偶者、親、子、勤務先、取引先といった第三者が必ず絡みます。受講者はセッションの中で、これらの人の事情を話します。提供者が記録を残す場合、その記録には受講者本人の情報だけでなく、話の中に出た第三者の情報も入ります。個人情報保護法は、特定の個人を識別できる情報を個人情報とし(2条1項)、病歴など本人に対する不当な差別や偏見が生じないよう特に配慮を要するものを、要配慮個人情報としています(同条3項)。個人情報取扱事業者は、契約書などの書面に記載された本人の情報を取得する場合、あらかじめ利用目的を明示しなければならず(21条2項)、要配慮個人情報は原則としてあらかじめ本人の同意を得て取得しなければなりません(20条2項)。また、取り扱う個人データの漏えいなどを防ぐため、必要かつ適切な安全管理措置を講じる義務があります(23条)。
決断型のセッションで記録を残す目的は、後から経過を示せるようにすることと、次回以降のセッションで話を継続することです。第三者の情報を詳しく残すことは、どちらの目的にも必須ではありません。次のように、残す内容を絞っておくと、扱いやすくなります。
- 日時、テーマ、所要時間、提供した内容の要点
- 受講者が決めたこと、まだ決めていないこと、次回までの課題
- 扱わない事項に話が及んだ場合は、その旨と、受講者に伝えた内容
- 受講者の事情で、第三者に関する詳しい内容(病気、家庭の事情など)は、記録の目的に必要な範囲に限る
記録の保管、開示請求への対応、削除の考え方は記録・メッセージ・音声のページ、第三者への情報の共有の線引きは守秘義務のページで扱います。
場面ごとに、起きがちなことと手当て
転職・退職
起きがちなこと気持ちが高ぶったまま退職を決め、収入が途切れたあとで、セッションでの励ましを責められる
手当て決める前に確認すべき事項(収入の見通し、手続の時期、家族の同意など)の一覧をセッションで作り、確認は受講者自身が行うと記録に残す。退職日の決定は代行しない
離婚・別居
起きがちなこと相手方との条件の取り決め方について助言を求められる
手当て気持ちと優先順位の整理には応じるが、条件の判断や相手方との交渉は扱わない事項であることを、その場で伝える。契約書の列挙と同じ言い方で伝え、記録する
投資・副業
起きがちなこと特定の商品の良し悪しを尋ねられ、答えてしまう
手当て個別の商品の推奨は行わない。お金に対する考え方や、リスクをどう受け止めたいかの整理にとどめる
起業・独立
起きがちなこと資金調達や契約の判断を求められる
手当て計画の整理と、確認すべき事項の洗い出しにとどめる。判断や書類の作成は扱わない事項に入れる
進路・介護
起きがちなこと家族それぞれの意思が違い、受講者が全員の意向を背負ってしまう
手当て決めるのは誰か、誰の意向を聞くか、を整理する。第三者の情報は、記録に必要な範囲に絞る
条文例と確認の問い:決断型のセッションの契約書に置く条項
ここまでの内容を条文にすると、次のような形になります。列挙する事項は、実際のセッションで扱う領域に合わせて見直します。
書き方の例第○条(決定の主体と扱わない事項)
- 本サービスは、受講者が自らの考えを整理し、自らの決定を行うことを支援するものであり、提供者が受講者に代わって決定することはしない。
- 提供者の発言は、受講者が考えるための材料であり、決定を指示するものではない。提供者は、受講者の決定に必要な事項を、知る限りで正確に伝える。
- 提供者は、次の事項について、判断、代行および個別具体的な助言を行わない。(1)法律関係の判断および紛争に関する交渉 (2)税務の判断 (3)医療行為、診断および治療 (4)個別の金融商品その他の資産の売買の推奨 (5)求人のあっせんおよび求人者への推薦。ただし、これらに関する一般的な情報の提供および受講者が確認すべき事項の整理は、この限りでない。
- セッションの中で前項の事項に及んだ場合、提供者は、その旨を受講者に伝え、受講者は、当該事項について自ら必要な確認を行って決定するものとする。
- 受講者が自らの判断で行った決定およびその結果について、提供者は、本契約上の義務に違反した場合を除き、責任を負わない。ただし、提供者に故意または重大な過失があるときは、この限りでない。
第3項の「ただし書」は、一般的な情報提供と個別の判断を分ける役割を持ちます。第5項の「ただし書」は、故意・重過失の場合の免除が認められないことに合わせたものです。
条文を決める前に、自分の運用に当てはめる問い
問いセッションで、受講者から個別の判断を求められたとき、どこまで答えるか
理由答える範囲が決まっていないと、扱わない事項の列挙が現場で守られず、条項が形だけになるため
問い決断の結果について、広告や面談で「必ず」「確実に」と言っていないか
理由契約書で責任を限定しても、勧誘時の断定的な説明があれば、取消しの対象になり得るため
問い求人情報や企業を紹介する場面があるか
理由紹介の仕方によっては、キャリアの支援から職業紹介に近づくため。契約の範囲に含めるか、完全に外すかを決めておく必要がある
問い契約の前に、受講者が条件を持ち帰って読める状態にしているか
理由決断に迷っている状態での即日の申込みは、後からの苦情と取消しの主張につながりやすいため
問い記録に、第三者の情報をどこまで残すか
理由目的に必要な範囲を超えて残すと、保管・開示・削除の負担が増えるため
締結前のチェックリストと、起きがちなこと
締結前・見直し時のチェックリスト
- 「決めるのは受講者」の条項が、約束の範囲の定めと、責任を消す条項に分けて書かれているか
- 責任を消す条項に、故意または重大な過失の場合の除外が明記されているか
- 扱わない事項が、具体的に列挙されているか(「専門的事項は一切扱わない」で済ませていないか)
- 列挙の対象が、話題ではなく判断・代行・個別の助言になっているか
- 求人のあっせんや企業への推薦を、契約の範囲から外すと書いているか。運用でも守れるか
- 契約前に、条件を書面で渡し、考える時間を置く手順があるか
- 広告・面談資料に、決断の結果を断定する表現が残っていないか
起きがちなこと
- 「責任を負わない」と書いてあるから大丈夫だと思い、勧誘時の「必ず変われます」といった言い方を直さない。契約書の免責は、勧誘時の説明を消してくれない。
- 扱わない事項を「専門的な事項は一切扱わない」と広く書き、キャリアや生き方の相談という本来の対象まで外してしまう。受講者の期待と契約書が食い違う。
- 面談の流れで求人情報を紹介し、気がつけば推薦や連絡の取次ぎまで行っている。契約書は紹介しないと書いているのに、運用が違う。
- 初回面談で契約まで済ませ、条件を持ち帰る時間を渡さない。あとから「急かされた」と言われる。
- 記録に第三者の事情を詳しく残し、保管と削除の負担が膨らむ。開示を求められたときに、どこまで出せるのかが整理できない。
- 危機的な状況の訴えがあったのに、記録も対応の手順もない。契約書の免責の問題ではなく、運用の前提として決めておくべき事項だった。
よくあるご質問
契約書に「結果について一切責任を負わない」と書けば、トラブルを防げますか?
防げません。債務不履行による損害賠償責任の全部を免除する条項は、消費者との契約では無効とされます(消費者契約法8条1項1号)。故意または重大な過失による場合の一部免除も無効です(同項2号)。責任の範囲を消そうとするより、約束する履行の中身(時間、回数、方法、記録など)と、約束しない結果とを分けて書くほうが、条項として有効に機能します。
「決めるのは受講者」と書いてあれば、提供者は助言の内容に責任を負わないのですか?
助言した内容によります。結果を約束しないことと、必要な注意を欠いた助言をしてよいことは別です。準委任の受任者は善良な管理者の注意をもって事務を処理する義務を負うため(民法644条)、事実と異なることを告げたり、断定的に告げたりすれば、責任が生じ、場合によっては契約の取消しの対象にもなります(消費者契約法4条1項)。この条項は、約束の範囲を示す役割と考えるのが適切です。
転職の相談で、求人を紹介してよいですか?
求人者と求職者との間の雇用関係の成立をあっせんすると、職業紹介に当たり得ます(職業安定法4条1項)。有料の職業紹介には許可が必要です(同法30条1項)。コーチングの契約では、自己分析、応募書類の添削、模擬面接といった受講者自身の活動を助ける支援を契約の範囲とし、求人の受付や推薦、連絡の取次ぎは範囲に含めない、と書いておくのが堅実です。
離婚や投資の話が出たら、セッションを止めるべきですか?
話題を禁じる必要はありません。扱わないのは、法律関係の判断や相手方との交渉、個別の金融商品の推奨といった、判断・代行・個別の助言です。気持ちや優先順位の整理、確認すべき事項の洗い出しは、コーチングの範囲に含められます。扱わない事項に及んだときは、その旨を伝え、受講者が自ら必要な確認を行うことを記録に残す手順を決めておきます。
面談当日に申し込んでもらうのは問題ですか?
当日の申込みそのものが問題になるわけではありません。ただし、退去の意思や相談のための連絡を妨げて困惑させて契約させた場合など、勧誘の仕方によっては取消しの対象になります(消費者契約法4条3項)。条件を書面で渡し、考える時間を置き、質問への回答を記録する流れを運用として決めておくと、後からの主張に対して経過を示せます。
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本ページは一般的な情報提供です。個別の取引への当てはめは、セッションの内容・申込みの経緯・支払の方法などによって異なることがあります。条文は e-Gov法令検索(法令API)で確認しています。参考: e-Gov法令検索 / 消費者庁 / 個人情報保護委員会 / 厚生労働省